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ヒューマンヒストリー : ソフトボール部
ヒューマンストーリー 野表明歩「恩師の言葉胸に」

高いミート力と勝負強さで同志社打線を支える野表明歩(社2)。彼女の心には、高校時代の恩師の言葉が強く残っている。



巧みなバッティングでチームに貢献する



高校時代は、北海道選手権19連覇を誇る強豪・とわの森三愛高校でキャプテンを務めた。同校には独自のキャプテンの決め方がある。入学直後から監督が学年の中でリーダーを決め、2年間学年のまとめ役としてキャプテン修行を行う。問題がなければ、3年時にチームのキャプテンに就くという制度だ。野表も入学してすぐにリーダーを命じられ、後にキャプテンに就任した1人だ。選ばれた理由については、「分からない。ずっと気になっていた」と疑問に思っていた。しかし当時指揮をとっていた矢端信介前監督は、入学前から野表をリーダーにすると決めていたという。リーダーを指名する基準は、学業が優秀なこと、冷静で感情に起伏がないこと、学校生活全般に対しての積極性があることの3つだ。この3点を中学時代の顧問からの情報や、本人との会話を通じて判断する。矢端前監督は、中学時代から成績が優秀であったことと、中学3年時の秋に面談をした際の受け答えや表情から野表をリーダーにすることを即決した。



楽な立場ではなかった。自分のことはもちろん、チーム全体のことやチームメイトの態度が原因で叱りを受けることも多く、褒められることはほとんどない。しかし、達成感を感じた瞬間があった。3年時のインターハイでの一場面だ。試合終了後、グラウンドから帰る際矢端前監督が野表に握手を求めた。「よくやった」。その言葉を聞いた瞬間、「この監督と一緒にソフトボールができてよかった」という思いがこみ上げてきた。



インターハイ前、チームは不安を抱えていた。矢端前監督が全日本女子代表チームにチームリーダーとして帯同し、約1か月間高校を離れていたのだ。合流できたのは大会のわずか3日前だった。しかし監督が不在でも、監督の教えは変わらない。矢端前監督が理想に掲げるのは「自ら考え判断し、言葉に表し実行に移す」ということだ。北海道はグラウンドで練習ができる期間が短く、10月頃からは体育館や廊下での練習が基本になる。秋以降の練習を有意義なものにするには、シーズンを見据えた上で「何ができるか」を自ら考え実行に移さなくてはならない。インターハイ前の1か月は、まさにその力が求められた。選手たちは自らが主体となって練習を重ね、「自分たちの力でここまでやってきた」という大きな自信を得た。大会への不安は消え去っていた。結果はベスト16、全力を出し切った結果に悔いはなかった。矢端前監督から見ても野表のキャプテンシーは期待以上のもので、「全て自分の判断でチームをまとめ上げ、全国大会で素晴らしい戦いをしてくれた」と今でも感謝を示している。



チームメイトと共に試合を盛り上げる(右から2人目)



矢端前監督からの言葉は大学に入学してからも励みになっている。高校卒業の際に後輩から受け取った寄せ書きには「長い監督人生の中でも素晴らしいリーダーに出会えました。ありがとう」というメッセージが書かれていた。ソフトボールで悩みがあるとき、壁に当たったときに思い返すのは、これらの矢端前監督の言葉だ。「キャプテンをやるのは嫌だった」。辛いことも多かったが、入学当初から2年間同期を、3年時にはチームを立派に統率した。その姿を矢端前監督に認められたことで、「3年間頑張ってきてよかった」と思えた。野表の3年間の努力は自らの原動力となる言葉に生まれ変わり、今も野表を支えている。(水納愛美)

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