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ヒューマンヒストリー : 硬式野球部
ヒューマンヒストリー 越智樹 「選手として、コーチとして」

明治神宮大会4強と2度の甲子園出場。堂々たる実績をひっさげ同志社に進学したのは4年前だ。故障に苦しみ、自らと向き合い続けた大学野球生活は越智(法4)に何をもたらしたのだろうか。


10月22日、最後の公式戦の試合後、福島孝主将(左)らとともに整列する越智(右)


1年時に早くもベンチ入りを果たす。同期の福島孝(法4)や辻(商4)とともに将来を嘱望された。「いつかは正捕手としてリーグ戦に出たい」。自らのビジョンに周囲の期待も伴い大学のキャリアをスタートさせた。


早くも未来の司令塔候補は試練に直面する。高校時代にも手術した右肘内側側副靭帯を損傷。2年夏に再び手術し、リハビリを強いられることとなった。今治西高時代、3番越智の直後を打った福原(政策4)など同期が台頭するなか、戦線を離脱した。

「自分のことで精一杯で、ちょっと気持ち的にチームから離れて自分中心な部分があった」。一人でもがき時間ばかりが過ぎていく。故障が長引くにつれ、チームから取り残されてる孤独感を覚えるようになっていった。


自分自身と向き合った結果として2年冬、大きな決断をする。選手から学生コーチへの転向だ。2月のキャンプを前に澁谷監督へ相談。チーム全体にどう貢献していくか熟考したうえでの判断だった。

学生コーチの仕事は、練習メニューの考案や相手チームの分析、シートノックなど多岐にわたる。越智はランをはじめ一部の練習にも参加しともに体を動かすことで、選手一人ひとりとの距離を縮めた。そうして「選手と同じ立場でアドバイスし合う」関係を構築。ともに汗を流した選手の活躍が越智のモチベーションにもなった。


コーチとしてチームを支える一方で、選手復帰への準備も着々と進めていった。「学生主体」を掲揚している硬式野球部のなかで自主性は磨かれていった。福原は越智の大学生活を通じての変化について「今治西は監督が練習を全部決める。大学に入って自主性を痛感したと思う。自主練をよくするし、自分から動いて動画とかも見て工夫してやってたと思う」と評価した。


3年秋季リーグが終わり、新チーム発足とともに選手に戻った。高め合ってきた同期とともに最高学年としてチームを引っ張ることに。自身の役割をコーチ時代同様、「同じ立場になって話せる中間管理職」と位置づけた。


今年4月7日、7番・捕手で先発出場し公式戦デビューを果たした。


今年4月7日春季リーグ開幕。オーダーに、「越智」の名前はあった。4年春での公式戦デビューを果たすと、ファーストとしても出場しシーズンを完走した。「今まで野球を続けてきたなかで大学野球が一番1勝するのが難しいと思った。そのぶん勝った時の喜びは大きかった」。同士と刺激し合い、同士と勝利を目指した経験は大きな財産となった。選手とコーチ、両面で潤滑油となった背番号24は続けた。「選手に戻ってよかった」。(本林大将)


今春近大1回戦、9回2死で越智(中央)が生還し同点とした場面。その後チームはサヨナラ勝ちを収め、「一勝」を手にした。


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