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準硬式野球部 人物語 : 準硬式野球部
唯斗へ~母の思い~

唯斗へ~母の思い~


この記事に目を通してくださる方はきっとスポーツが好きな人、もしくは何かスポーツをしていた経験を持つ方が多いと思う。そんなみなさんは過去から現在まで好きな選手がいたことが少なからず一度はあると思う。活躍すれば自分のことのように喜び、不調な時は不安でたまらなくなる。今回はその感情を15年近くに渡ってある選手に持ち続けた女性にして母親の話である。


若きころ


佐藤唯斗(スポ4)が野球を始めたのは小学校一年生の頃。サッカーとも悩んだが、当時野球の指導者であった祖父や、母・珠衣さんの「息子には野球をさせたい」という強い思いがあり野球を選んだ。「私が男なら子供の頃野球をやっていたと思います」。かつてテニスをしていた母はそう自身の過去を振り返る。


唯斗少年は当時から体が大きく、運動神経も抜群だった。また田舎育ちということもあり、初めはピッチャーをしていても唯斗少年が投げる球を捕れる子などそうおらず、結果的にはよくキャッチャーをしていたという。


そして順調に成長を続けた唯斗は中学生の時点で身長は180㌢を越えていた。そんなロマンの塊を世間が放っておくはずがなく、次第に複数の強豪校から声がかかるようになった。またその運動神経の高さは並なものではなく、中学最後の思い出にと友人たちとサッカーの大会に出場すると、体の大きさやその身のこなしがとある高校の目に留まり、サッカー選手としてもスカウトされるほどだった。


花巻東へ


複数の学校から声を掛けられていた唯人だがはじめは「教師になる」という昔からの夢を追うべく公立高校への進学を希望していた。それでも当時・大谷翔平(エンゼルス)擁する名門・花巻東高校(以下花巻東)の練習を見学すると迷わず進学の決意をした。


花巻東の野球部は寮生活が基本のため15歳にして親元を離れることになる。「長男なので、やっぱり最初はさびしかったですよ」。野球尽くしの生活を送るわが子のために、休みがあれば練習着や食べたいものなど、必要なものがあれば寮へ足を運んで直接届けた。「唯斗なんか受け取ったらすぐどこか行っちゃうんですよ」。そう母・珠衣さんは思春期のわが子との記憶を懐かしそうに振り返った。


「入った当時はまだガキっぽいところも多かった(笑)」。そう1学年先輩の小熊雄飛(スポ卒)に言われていたが、その人望の厚さやポジティブさから、高校2年生時に主将に就任。チームとして甲子園を目指し、選手としてはプロからも視線が集まるなかでの両足のケガ、そして手術。「小さいころから野球ひじだったりけがの多い子でした。それでも唯斗ならできる。兄ちゃんなら大丈夫って。そう言ってましたし、信じてました」


唯斗・珠衣さん・啓斗(弟) 写真は珠衣さん提供


同志社準硬として


ケガの影響もあり大学を硬式で野球を続けることは断念。大学では花巻東で唯斗の前に主将を務めていた小熊の所属する同志社の準硬式野球部への入部を決めた。

しかし、珠衣さんは初めは息子の準硬式という決断に抵抗があった。「やっぱりまだ硬式で野球を続ける姿が見たかったというか・・・」。それでもその気持ちは唯斗が楽しそうに同志社準硬式の話をする姿を見て自然と無くなっていった。


主将としてチームをけん引した


今日、珠衣さんは現地へ赴くことはなかなか難しい。そのため準硬式野球部や本紙がツイッター上で行っている速報を見て一喜一憂する日々を送っている。先発メンバーの発表から試合終了まで。余すところなくチェックし、リツイートなどで反応。また試合後に本紙が記事や号外を掲載すると、真っ先に目を通してくださっている。


またツイッターを用いて唯斗のチームメイトと連絡を取ることもあるという。「前に柴山くん(スポ4)に息子の様子聞いたら『唯斗には内緒ですよ』って教えてくれたんです。ムードメーカーの吉武くん(商4)にもチームを盛り上げてねって送ってみたり(笑)」


距離はあれど時間が合えば電話で連絡をとっている。「『あの時の采配はどうなのよ』みたいな話を私からも唯斗からもしてます。あとはご飯いくからお金ちょうだいとかそんなのばっかり(笑)」


息子へ


敗戦後に涙を流した


2019年5月18日。同志社は敗れ、唯斗をはじめとした4年生たちは引退。目標としていた日本一には遠く及ばなかった。唯斗は試合後に、「ただただ後悔。1年間ついてきてくれた仲間、育ててくれた家族には感謝しかない」と声を震わせながら語った。

「ここまで唯斗が野球に打ち込むなんて初めは思ってなかった。でも、いつの間にか、唯斗よりも私のほうが野球を楽しんでいました。今までありがとう」。母は取材の最後にそう物寂しそうに言った。


取材構成:久保友紀恵、内藤界、安本夏望(準硬式野球班)

唯斗が野球人生で一番楽しかった瞬間の問いに対して答えたのは先日の立命大とのプレーオフ勝利の瞬間だった

4年間お疲れさまでした(準硬式野球班一同)

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